コラム

犬の歴史と身体のつくり

犬が人と関わりをもつようになった歴史や犬の身体のつくりを知ることにより、その子の生まれ持った本能を理解できるようになります。

■人と犬の歴史

さまざまな姿をした犬がいますが共通の祖先はオオカミです。
オオカミが人間と繋がりをもったことで犬という新しい種が生まれました。
4万5千年前、数多くのオオカミが北半球全域に生息し、オオカミは常に群れで暮らしていました。
群れのメンバーには序列があり、トップに立つのはリーダーのオスとそのメスです。

3万2千年前、当時の人間は世界を支配する存在ではなく、人間は血縁のある一族で支えながら厳しい氷河時代を生き抜いていました。
人間の住み家近くにやって来たオオカミは思いがけず食糧にありつくことができました。人間の食べ残しです。
狩の達人とはいえ、いつも獲物を捕らえられるとは限りません。
なかでも狩の不得意なオオカミは、人間のそばで生きるのが得だと気づいたのです。
この頃から人間の近くで暮らすオオカミの姿がみられるようになり、この新しい生き方に適用していったオオカミたちは縄張り意識を失い、狩もしなくなりました。
ここが進化の分岐点です。
人間の近くで暮らすようになったオオカミは、しだいに野生のオオカミとは異なる習性を持つようになりました。
人間とより密に接するようになったオオカミが犬となる道を進み始めます。
やがて人間から直接食べ物を与えられるようになり、オオカミと人間の関係は劇的に変化しました。
人間はオオカミの存在に慣れ、親しみを覚えるようにもなり、やがて従順なオオカミだけが人間と一緒に暮らすようになりました。
野生のオオカミから犬をつくるきっかけとなったのです。

1万8千年前、私たちの祖先は気候の変動に適応したものの、狩猟と採集で食糧を得ていたため常に空腹に悩まされていました。
狩はいつも成功するとは限りません。
やがて人間は犬の方が狩が得意だということに気づきます。
犬は鋭い聴覚と嗅覚を駆使して獲物を探し出します。
そしてすばやくとらえるスピードも備えています。
オオカミの遺伝子を受け継いだ犬は、狩で得た獲物を仲間である人間と分かち合うことができたのです。
やがて人間は最高の狩のパートナーを作りだすために、狩が得意なオスとメスを交配するようになります。
狩猟犬の始まりです。

1万年前、狩猟と採集で食糧を得る生活はたえず気候の変化に左右されていました。しかし、あるとき犬が驚くべき行動に出ます。
なんと草食動物の群れを駆りたてていたのです。
この犬の行動が人間の生活に劇的な変化をもたらします。
犬は羊などの群れを一か所に集め、番をするようになりました。
草食動物を獲物として追う時代は終わりを告げます。
犬たちのおかげでその後人間は家畜を飼育しながら農耕を営むようになったのです。
牧畜犬の始まりです。

こうしてオオカミの特性を受け継ぎながら人間の手によって長い時間を経て最良の友と化していったのです。

 

■犬の鼻の役割

犬の鼻は人間の目と同じような働きをします。
人間には一度に一つしか識別できませんが、犬は同時にいくつものニオイをかぎ分けることができます。
たとえば料理をする人の傍らにいる犬は、材料の全てだけでなく調理をする人のニオイまで認識しています。
私たちは目の前の世界を視覚で捉えますが、犬は鼻を使って情報収集します。
見えないもののニオイまで認識できるのです。
ニオイを嗅ぐ行為には意味があったのです。
犬はニオイの方向に合わせて左右の鼻を別々に動かすことができます。
臭覚細胞が集まった粘膜の表面積はA5用紙の一回り大きめのサイズ、それに対して人間のそれは切手ほどしかありません。
なんと犬は人間の40倍もの脳のエネルギーをニオイの識別に使います。

犬の臭覚はブリーディングによって進化しました。
犬種によって臭覚細胞の数は異なりますが、その鋭い臭覚をうまく活用しているのがイタリア原産のトリュフ探しのプロであるロマーニョ・ウォーター・ドッグです。
彼らは土の中に眠っているトリュフのニオイを嗅ぎ分け、人間に知らせてくれるのです。
キャビア・フォアグラとともに世界三大珍味といわれている人工栽培困難なトリュフを食することができるのは彼らのおかげです。

■犬の視覚

犬の視覚は臭覚や聴覚に比べて劣っていると考えられがちですが、顔の長い猟犬は別です。
人間よりも110°も広い270°の視覚を誇ります。
この特徴を生かした狩りのパートナーとして人類が初めて品種改良を行うようになった犬種がサルーキです。
サルーキは目で獲物を追います。
千年以上前から砂漠地帯で獲物を発見し捕獲できるよう訓練されてきました。
砂漠では獲物のニオイが残りにくいため、鼻ではなく目を使って獲物を探します。
全ての犬に共通している行動の一つに、犬は人間の目をじっと見つめます。
人間と同じように相手の目を見つめる動物は犬以外には存在しません。
犬は人間の目を見つめることで人間の感情を読み取ろうとしました。
その結果、人間と犬はコミュニケーションが取れるようになったのです。
見つめ合うことで脳内の物質が作用し、絆が深まることも分かっています。

■犬の聴覚

オオカミは聴覚も鋭いことで知られています。
森の中なら数キロ先、開けた場所なら16キロ先の音を聴くことができます。
犬はこの優れた聴覚も受け継ぎました。
生まれたばかりの子犬はたれた耳でふさがっているため音が聞こえません。
2週間ほどすると耳が開いてきます。そして1ヶ月で聴覚は鋭くなります。
音が聞こえてくる方向がわかるようになるのと同時に必要な音だけを拾い、雑音は遮断します。
車のクラクションに邪魔されずに眠ることができるのに、ドッグフードの袋を開ける音には敏感です。
犬の耳の形は様々です。
長くふわふわした耳もあれば、小さくピンと立ったものや顔を包むように垂れ下がった耳もあります。
耳の外側の部分は耳介と呼ばれています。犬はこの耳介を自由自在に動かして音が発生した場所をピンポイントでつきとめ、危険なものかどうかを的確に判断します。
犬が聞き取れる周波数帯域は人間のおよそ2倍で、聞き取れる距離も4倍と桁違いです。
そしてただ聞き取れるだけでなく、犬は人間の声に反応します。
人間の声の調子やリズムを聞き分けることができ、声の調子から人間の感情や要求まで読み取ることができます。
補助犬はそういった犬の能力を訓練し、障害を持つパートナーの自立と生活の向上に一役買っています。

■最後に

人間と犬の結びつきは特別なものです。
人間と犬は一緒にいるだけで互いに喜びを感じます。
犬をなでるだけでストレスホルモンの分泌量が減少するという研究結果があります。それに血圧も下がります。
犬にも同じ結果が出ています。
人間に撫でられることで健康状態がよくなります。
互いに見つめ合い触れ合うことで人間と犬の両方に愛情ホルモンのオキシトシンが分泌されます。このホルモンには哺乳類の母と子の絆を強める働きがあります。
ストレスを和らげるオキシトシンが分泌されると心が穏やかになり、人間と犬はお互いをより深く理解するようになります。
このホルモンのおかげで長い年月を経て犬は世界中で愛される存在になりました。